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鈴木サトは永遠に不滅です
ブログには悲しいことや自慢話は記さないという
自分なりのルールがありました。
今回だけは特別です。


11月22日(土)は、祖母鈴木サトの告別式でした。
祖母は90年と6か月の人生に終止符を打ち
天国へと向けて長い長い旅に出ました。



40年間、私のことを可愛がってくれた祖母が
もうこの世にいない。
不死身だと思っていたおばあちゃんが・・・


葬儀が終わった今でも、まだ現実を受け入れられない
軟弱な自分。


おばあちゃんは90歳という高齢にもかかわらず、
祖父と創業した楽器店の副社長として
他界する直前まで現役で店頭に立って働き続けていました。

人の悪口は絶対に言わず、不平不満は口にしない。
そんな懐が大きい人だったので、
お店の看板として、沢山の方々に慕われてきました。

通夜と告別式には、数えきれないほど大勢の方々が
祖母との別れを惜しみ弔問に訪れてくれました。
来てくださった方々は300名~400名ぐらいでしょうか?
大勢の方が泣いていました。
おばあちゃんは、誠にサービス精神旺盛で、身内だけでなく
自分の周囲の人たちに、平等に愛情を注ぐ人でした。
私のおばあちゃんは、多くの皆様の「おかあさん」であり「おばあちゃん」だったようです。



幼少期の頃の私は、
旅行につれていってもらったり、おもちゃを買ってもらったり
おばあちゃんから、この上ない愛情をそそいでもらいました。
そして彼女の人となりをま近に観て育ったことが
私が成長していく過程で、とても重要なことだったと思います。
私の人格形成において、おばあちゃんは、なくてはならない存在でした。
きっとおばあちゃんがいなかったら、私の人間性は全く別物だったでしょう。

私が大人になってからも、おばあちゃんは私のことを子供扱い。
ご飯に誘ってくれたり、プレゼントをくれたり、とにかく人が喜ぶ顔を観るのが
大好きな人でした。



私が結婚した時、おばあちゃんは感極まって泣いてくれました。

私が離婚して実家に戻ってきた時、「人生長いんだから、やり直しは何回でもできるんだから・・・」と
優しく迎えてくれたのもおばあちゃんでした。

「お父さんの体調はどうだ?」、「お母さんが寂しがるから、なるべく一緒にいてやりな」・・・
いつも人のことばかり気にかけているおばあちゃんでした。

きっと90年もそんな性格で生きてきたから、疲れちゃったんだろうなー



18日の水曜日、姪の七五三のお祝いを兼ねて
私を除く家族、親せきは、一泊で楽しいひと時を過ごしたそうです。
皆で食事をしたり、お風呂に入ったり、おしゃべりをしたり
7歳と1歳半の2人の姪を囲んで
おばあちゃんも終始笑顔で元気だったとのこと。
ひ孫が大好きなおばあちゃんでしたから、とても幸せな一時だったと思います。

翌19日朝4:00、おばあちゃんと88歳の親戚のおばちゃんは
2人でトイレに起きたそうです。
「まだ早いから、もう少し寝ようね」と再び眠りにつきました。

そして、おばあちゃんはそのまま目を覚ますことはありませんでした。


あまりにもあっけなく、そして潔い、おばあちゃんらしい散り方でした。


おばあちゃんのことなので「みんなに囲まれて幸せな最期だったね、大往生だよ」と
言われるように逝ったのでしょう。


おばあちゃん長い間お疲れさまでした。
大正、昭和、平成という激動の時代を生き
一つの会社を軌道に乗せ、家族や親せきを幸せに導き
沢山の方々にハッピーを振りまき、
さぞかし疲れてたんだろうね。

あんなに元気だったから、100歳まで生きてくれると思っていたから
まさかこんなに急にいなくなっちゃうとは思ってなかったです。
仕事が忙しくて、最近一緒に出かけることができなかった私を許してください。

姪が水族館に行きたいと言ったので、
八景島はけっこう歩くから厳しいけど
江ノ島水族館ならおばあちゃんも一緒に行けるだろうと、冬休みに一緒に
行く計画をしてたのに・・・
実現できなかったな。


19日から今日まで、人生でこんなに涙が出たのは初めてでした。
自分でもびっくりするくらい、毎日毎日悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて
でも、いつまでもクヨクヨしているとおばあちゃんに「男のくせに!」と
怒られるのは解っているので、日曜日からはしっかりします。


今まで心配ばかりかけてごめん。

天国でおじいちゃんとゆっくりお休みしててね。

この世でも、俺の中で鈴木サトはずっとずっと生きてるよ。
生涯現役だった、私の自慢のおばあちゃん。
私はおばあちゃんの魂を受け継ぎます。
子供っぽい言い方だけど、おばあちゃんみたいな器の大きい人になれるように
がんばるね。


081122おばあちゃんがくれたハーモニカ



写真はおばあちゃんが夏にくれた超小型ハーモニカ。
本当はキーホルダーになってて、携帯に付けてたんだけど
ストラップが割れてとれてしまった。
今は鞄の中に入れてます。
「出先で大地震にあって、生き埋めになったらこれを吹いて
 助けを呼べ」とおばあちゃんがくれたものです。
これを10ぐらい買って、いろんな人に配ってたそうです。
とても世話好きな人でした。
きっと私だけでなく、大勢の人の心の中で、鈴木サトは生き続けるでしょう。
鈴木サトは永遠に不滅です。

でも、もう一目会いたかったよ。

今までにも当ブログに祖母のことけっこう書いてたようです。
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コメント
この記事へのコメント
Pさん

ありがとうございます。
かなり落ちてましたが、もう復活しました。

年末で何かと忙しいと思いますが、ガッヅで乗り切りましょう!!
2008/11/24(月) 23:45:43 | URL | kojima #-[ 編集]
ご心痛お察しします。
いつもおばあさんとの素敵なエピソードを拝見して心が温まる思いでした。

ご冥福をお祈り致します。
2008/11/24(月) 05:35:32 | URL | P #-[ 編集]
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